先生が教えすぎない授業へ:フィンランド・シンガポールに学ぶ「児童中心の学び」への転換
先生が教えすぎない授業へ:フィンランド・シンガポールに学ぶ「児童中心の学び」への転換
日々の授業準備や多様な子供たちへの対応に追われる日本の小学校の先生方にとって、「子供たちの主体性をどう育むか」は大きな課題の一つではないでしょうか。「ついつい先生が説明しすぎてしまう」「もっと子供たち自身で考え、行動してほしい」。そう感じている先生もいらっしゃるかもしれません。
知識伝達型の授業から、子供たちが主体的に学び、探究する「児童中心の学び」への転換は、世界的な教育の流れであり、日本の新しい学習指導要領でも重視されています。しかし、「具体的にどう始めれば良いのか分からない」「日本の現場で本当に可能なのか」という疑問や不安もあるかと思います。
ここでは、先進的な教育を行うフィンランドやシンガポールの事例から、日本の小学校現場で活かせる「児童中心の学び」への転換のヒントを探り、明日からの授業で試せる具体的なアイデアをご紹介します。
フィンランドに学ぶ「子供への深い信頼」に基づいた児童中心の学び
フィンランドの教育は、「子供は生まれながらにして学びたいという内発的な動機を持っている」という人間観に基づいています。この深い信頼が、子供主体の学びを支える根幹となっています。
フィンランドの事例から示唆されること
- 遊びや休息の重視: 低学年では特に遊びや休息の時間を豊富に取り、子供自身が興味関心を探求する時間を大切にしています。これは、学びは教室の中だけでなく、遊びや日常の体験からも生まれるという考え方に基づいています。
- 個別最適化された学び: 一斉授業だけでなく、子供一人ひとりのペースや理解度、興味に合わせた個別学習や少人数での学習を取り入れています。先生は一方的に教えるのではなく、子供たちの学びに伴走するサポーターのような存在です。
- 探究的なアプローチ: 教科の枠を超えたプロジェクト学習などが積極的に行われ、子供たちが自ら課題を見つけ、解決策を探るプロセスを重視します。先生は問いを投げかけたり、必要なリソースを提供したりすることで、子供たちの探究を促します。
シンガポールに学ぶ「思考力育成」に根差した児童中心の学び
シンガポールの教育は、PISA調査などで常に上位を占めるなど、学力面で注目されています。しかし、その根底には、知識の詰め込みではなく、論理的思考力や問題解決能力といった「思考スキル」の育成を重視する姿勢があります。
シンガポールの事例から示唆されること
- 構造化された探究学習: カリキュラムの中に探究的な学習が明確に位置づけられています。例えば、身近な疑問からスタートし、情報収集、分析、発表といったプロセスを段階的に踏む学習が行われます。先生は各段階で適切な足場(スキャフォールディング)を提供します。
- 協調学習(Cooperative Learning)の活用: グループワークが非常に効果的に活用され、子供たちが互いに教え合い、学び合う中で理解を深めていきます。他者との協働を通じて、自分の考えを言葉にする力や、多様な意見を尊重する態度を養います。
- 問いを重視する授業: 先生は「なぜそうなるのだろう?」「他にはどんな考えがある?」といった、子供の思考を深める「良い問い(Good Question)」を投げかけることを重視します。これにより、子供たちは受け身ではなく、能動的に授業に参加するようになります。
日本の小学校現場で「児童中心の学び」を始める具体的なヒント
フィンランドやシンガポールの事例は、日本の教育システムや文化とは異なる点も多いですが、そのエッセンスを日本の現場で活かすことは十分に可能です。多忙な先生方でも、まずは小さな一歩から始めてみませんか?
1. 授業の冒頭に「問い」を置く
今日の授業で「何を学ぶか」だけでなく、「なぜそれを学ぶ必要があるのか」「それについてどんな疑問を持っているか」といった問いを、子供たちに投げかけることから始めましょう。単元の導入で子供たちが疑問に思ったことを付箋に書いて貼る、といった活動も有効です。子供たちの「知りたい」という気持ちを引き出すことで、その後の学びへの主体性が変わってきます。
2. 「選ぶ」機会を作る
全ての活動でなくても構いません。例えば、調べ学習で「調べるテーマをいくつか提示し、その中から選ばせる」、発表方法で「ポスター、デジタル、劇などから選ばせる」、宿題で「計算ドリルか漢字練習か、または両方かを選ばせる(量や難易度にバリエーションをつける)」など、子供自身に選択の機会を与えることで、「やらされ感」が減り、自分の学びに対するオーナーシップが生まれます。
3. 「先生の解説時間」を意識的に減らす
ついつい丁寧に説明しすぎていませんか? 説明する時間を少し減らし、代わりに子供同士で考えを共有する時間(ペアワーク、グループワーク)や、自分で調べる時間を設けてみましょう。最初は戸惑う子供もいるかもしれませんが、先生が少し立ち止まり、子供たちが自ら動き出すのを待つ姿勢が大切です。先生は教室を巡回し、つまずいている子にヒントを与えたり、思考を深める問いかけをしたりする役割にシフトします。
4. 子供の「なぜ?」や「こうしたい!」を拾い上げる
授業中に子供が発した予期せぬ「なぜ?」や、活動の中から生まれた「もっとこうしたい!」といった声は、主体的な学びの芽生えです。すぐに答えを与えたり、「今は時間の関係で…」と打ち切ったりせず、「良い質問だね」「どうしてそう思ったの?」「どうしたらそれができるかな?」と問い返し、クラス全体で考えたり、今後の学習に繋げたりする工夫をしましょう。
5. 教室環境を「いつでも学べる」空間に
教材を整理し、子供たちが自由に手に取れるようにする。調べたいときにすぐにアクセスできる図鑑や書籍、タブレットなどを置く。壁面に学びのプロセスや子供たちのアイデアを「見える化」するスペースを作る。教室の一部に少人数の話し合いができるスペースを作るなど、環境を少し整えるだけで、子供たちの自発的な学びを引き出すことができます。
まとめ:小さな変化が未来を創る
フィンランドやシンガポールが実践する「児童中心の学び」は、一朝一夕に実現できるものではありません。しかし、そのエッセンスを取り入れ、先生が「教えすぎる」役割から、子供たちの学びを「引き出す」「支える」役割へと少しずつシフトしていくことは可能です。
今回ご紹介したアイデアは、どれも明日からの授業で、学級で、すぐに試せる小さな工夫です。これらの小さな変化が、子供たちの主体性や探究心を育み、先生自身の授業をより豊かにするきっかけとなるはずです。
多忙な日々の中ですが、ぜひ一つでも良いので、子供たちの「やってみたい!」という気持ちを信じて、実践に挑戦してみてください。きっと、子供たちの意外な力や可能性に出会えることでしょう。