「諦めない心」をどう育てる?:海外に学ぶ「グリット(やり抜く力)」育成法と小学校での具体的なヒント
はじめに:子どもたちの「やり抜く力」を育むことの重要性
日々の小学校での教育活動の中で、子どもたちが課題に直面した時に、すぐに諦めず粘り強く取り組む姿勢、つまり「やり抜く力(グリット)」の重要性を感じる場面は多いのではないでしょうか。この力は、学力向上だけでなく、将来社会に出てからの困難を乗り越えるためにも不可欠なものです。
しかし、子どもたちのモチベーションを維持し、「諦めない心」を育むことは容易ではありません。多忙な日本の教育現場で、どのようにすればこの大切な力を伸ばすことができるのか、具体的なヒントを海外の先進教育事例から探ってみましょう。
海外教育に学ぶ「やり抜く力(グリット)」育成のアプローチ
「やり抜く力」は、単に根性論で育つものではなく、教育環境やアプローチによって育むことができると考えられています。フィンランドとシンガポールの教育から、そのヒントを見てみましょう。
フィンランド:安心できる環境と「遊び」の中の挑戦
フィンランドの教育は、子どもたちが安心して学べる環境づくりを重視しています。失敗を過度に恐れず、新しいことに挑戦することを奨励する文化があります。短い授業時間の中に組み込まれた長い休憩時間や、豊富な「遊び」の時間は、子どもたちが自ら興味関心に基づき、試行錯誤を繰り返す機会を提供します。
- 挑戦と失敗からの学び: フィンランドでは、授業や活動の中で子どもたちが自由にアイデアを出し、実現に向けて試行錯誤する機会が多くあります。例えば、木工や裁縫といったクラフトの時間、プロジェクト学習、屋外での自然遊びなどです。これらの活動を通して、思い通りにいかないことや失敗を経験し、そこから原因を考え、次の挑戦に活かすプロセスを自然と身につけていきます。教師は失敗を否定せず、「何から学びましたか?」と問いかけるなど、肯定的なフィードバックを重視します。
- 自己調整学習のサポート: フィンランドの子どもたちは、自分の学びを自分で計画し、進める機会が多く与えられます。これは「自己調整学習」と呼ばれ、目標達成に向けて計画を立て、実行し、振り返る力を育みます。この過程で、困難に直面しても諦めずに工夫する粘り強さが養われます。
シンガポール:目標設定と計画性、努力のプロセスを重視
シンガポールの教育は、明確な目標設定と計画的な学習を重視する側面があります。特に、STEM教育やプロジェクトベース学習(PBL)を通して、子どもたちが複雑な課題に対して論理的に考え、解決策を見つけるプロセスを重視しています。
- 課題解決を通じた粘り強さ: シンガポールのPBLでは、現実世界の課題をテーマに、チームで協力しながら探究を進めます。答えが一つではない問いに対し、情報収集、分析、議論、プロトタイプの作成、発表などを繰り返し行います。この長期間にわたるプロセスの中で、困難にぶつかってもチームで協力したり、別の方法を考えたりすることで、「やり抜く力」が鍛えられます。
- 努力のプロセスと成長を評価: シンガポールでは、結果だけでなく、学習における努力のプロセスや、以前の自分と比較してどれだけ成長したかといった点も重視される傾向があります。例えば、ポートフォリオ評価やルーブリック評価を活用し、子どもたちが課題にどう取り組み、どのような努力をし、何ができるようになったかを丁寧に見ていきます。努力が認められる経験は、困難な課題にも再び挑戦しようという意欲につながります。
日本の小学校現場で活かせる具体的なヒント
フィンランドとシンガポールの事例を踏まえ、日本の小学校現場で明日からでも取り入れられる「やり抜く力」を育むための具体的なアイデアをいくつかご紹介します。
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小さな「挑戦」と「失敗からの学び」の機会を作る
- 授業での工夫: 教科の学習において、すぐに答えを教えず、子どもたち自身に考えさせたり、試行錯誤する時間を設けたりします。例えば、算数の発展問題で一人やグループでじっくり考える時間を取る、理科の実験で結果が予想と違ったときに原因を話し合う、図工で特定の素材だけで何かを作る課題を出すなど。
- ゲームやパズルの活用: 休憩時間や特別活動の時間に、少し難易度の高いゲームやパズルを用意します。友達と協力したり、一人で粘り強く考えたりする中で、自然とやり抜く力を養えます。
- 「失敗談発表会」: 週に一度など、子どもたちが「今週挑戦したこと」と「うまくいかなかったこと、そこから学んだこと」を短く発表する時間を設けます。失敗は恥ずかしいことではなく、成長の機会であることを共有する文化を作ります。
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目標設定と振り返りを習慣化する
- 個人目標・クラス目標: 週初めや単元の始めに、子どもたちが自分自身の小さな目標(例:「今日の算数の時間は、難しい問題でもすぐに諦めずに5分考えてみる」)や、クラス全体の目標(例:「休み時間、みんなが楽しめる遊びを企画する」)を設定します。週末や単元の終わりに、その目標に対してどう取り組んだか、どんな努力をしたか、どう感じたかを振り返る時間を作ります。
- 学習ログやジャーナルの活用: 普段の学習の過程を簡単に記録するノートやジャーナルを導入します。取り組んだ内容、考えたこと、うまくいかなかったこと、次にどうしたいかなどを書くことで、自分の努力や成長を「見える化」し、自己調整能力を高めます。
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努力のプロセスとポジティブなフィードバックを重視する
- 結果だけでなく過程を褒める: テストの点数だけでなく、課題に粘り強く取り組んだ姿勢、難しい問題に挑戦したこと、友達と協力したことなど、努力のプロセスを具体的に褒めます。「この問題、最後まで考えてて偉かったね」「〇〇な工夫をしていたのが素晴らしかったよ」など、どこを頑張ったかを明確に伝えます。
- 成長を実感させる: 以前はできなかったことが、練習や努力の結果できるようになった、という経験を子どもたちに実感させます。例えば、跳び箱や鉄棒の練習、計算問題のタイムトライアルなどで、過去の記録と比べて成長が見られた点を具体的に示します。
- 教師自身も挑戦する姿勢を見せる: 教師自身が新しいことに挑戦したり、うまくいかなかった経験を話したりすることで、挑戦することや失敗から学ぶことの大切さを伝えます。
まとめ:未来を生き抜く「やり抜く力」を、日々の教育から育む
「やり抜く力(グリット)」は、これからの不確実な時代を生き抜く子どもたちにとって、ますます重要になる力です。海外の教育事例は、この力が特別な教育ではなく、日々の授業や学級経営の中で、子どもたちが安心して挑戦し、失敗から学び、努力のプロセスを経験することで自然と育まれることを示唆しています。
これらのヒントを参考に、日本の小学校現場でも、子どもたちが困難に立ち向かい、「諦めない心」を育んでいけるような教育環境を、できることから少しずつ作っていきましょう。目の前の子どもたちの小さな努力を見逃さず、温かい励ましと具体的なフィードバックで、その成長をサポートしていくことが、未来への大きな一歩となるはずです。