「どの子も大切」をどう実現?:フィンランド流インクルーシブ教育と日本の小学校での実践アイデア
はじめに:日本の小学校における「多様性」とインクルーシブ教育
近年、日本の小学校の教室には、学習スタイルや発達の特性、文化的背景など、様々な違いを持つ子供たちが共に学んでいます。こうした多様性は、互いを理解し、豊かな学びを深める上で大きな可能性を秘めている一方、「全ての子に質の高い学びを保障する」という視点から、私たち教員にとって新たな課題も投げかけています。
特別支援教育の専門性が求められるケースが増え、授業内容やクラス運営において、どのように一人ひとりのニーズに応え、全ての子が安心して学び、成長できる環境を築いていくのか、日々頭を悩ませている先生方も多いのではないでしょうか。
今回は、教育における平等と質の高さを両立させているとされるフィンランドのインクルーシブ教育から、日本の小学校現場で活かせるヒントを探ります。「どの子も大切にしたい」という思いを具体的な実践につなげるためのアイデアをご紹介します。
フィンランドのインクルーシブ教育とは?
フィンランドの教育システムは、教育の機会均等と質の高さを重視しており、その根幹にインクルーシブ教育の考え方があります。特別な支援が必要な子供たちも、可能な限り地元の学校の通常の学級で学ぶことを原則としています。
フィンランドのインクルーシブ教育の特徴はいくつかありますが、特に以下の点が日本の現場で参考になります。
- 早期の支援と予防: 学びに困難を示す可能性のある子供を早期に発見し、必要に応じて個別または小集団での支援を迅速に行います。問題が大きくなる前に対応することで、その後の大きな遅れや不適応を防ぐことを目指します。
- 多層的な支援: 子供のニーズに応じて、「一般的な支援」「強化された支援」「特別な支援」というように、段階的かつ柔軟な支援体制が用意されています。必要に応じて専門家(特別支援教員、スクールカウンセラー、作業療法士など)がチームとして連携します。
- 教員間の協働と専門性の活用: 担任だけでなく、特別支援教員、副担任(一部)、スクールソーシャルワーカーなどが密に連携し、子供に関する情報を共有し、共に支援計画を立てます。チームで一人の子供をサポートする文化が根付いています。
- 柔軟な教育方法と個別化: 画一的な指導ではなく、子供一人ひとりの学習スタイルやペースに合わせた多様な教材、方法、課題が提供されます。必要に応じて、個別の学習計画(Henkilökohtainen opetuksen järjestämistä koskeva suunnitelma - HOJKS と呼ばれるものなど、正式な計画に基づき)が作成されます。
- 子供たちの多様性を尊重する文化: 違いを否定的に捉えるのではなく、当たり前のものとして受け入れ、互いの多様性を認め合うことを大切にします。これは、学校全体、そして社会全体の意識として育まれています。
これらの特徴から見えてくるのは、「全ての子には学ぶ権利があり、その権利を保障するのは学校であり社会全体の責任である」「早期に、柔軟に、チームで支援する」という強い意志です。
日本の小学校現場で活かせる実践アイデア
フィンランドのインクルーシブ教育の考え方を踏まえ、多忙な日本の小学校教員が日々の実践で取り入れられるヒントをいくつかご紹介します。
1. 授業での「小さな違い」への配慮
- 教材の工夫: 全員が同じ教材を使うだけでなく、文字サイズを変えたり、図や写真を追加したり、音声情報を補足するなど、理解を助けるための代替教材や補助教材を準備する。
- 提示方法の多様化: 口頭での説明だけでなく、板書、図、スライド、動画など、複数の感覚に訴える方法で情報を提示する。重要な点は繰り返し提示する。
- 応答方法の選択肢: 挙手だけでなく、タブレットへの入力、ワークシートへの記入、ジェスチャーなど、子供が最も安心できる方法で思考や理解度を表現できるようにする。
- 課題の難易度調整: 同じ単元でも、基本問題と発展問題を用意したり、課題量を調整したりするなど、個別の進度や理解度に応じた課題を提供する。
2. 教室環境の工夫
- 安心できる居場所: 教室内に、一人で落ち着いて作業できるスペースや、感情をクールダウンできる場所(パーティションで区切るなど)を設ける。
- 視覚的なサポート: 一日のスケジュールや活動内容を視覚的に提示する(時間割表、活動カードなど)。ルールや指示も分かりやすい絵や短い言葉で掲示する。
- 感覚への配慮: 刺激に敏感な子供のために、座席の位置を配慮したり、騒がしい活動の際にイヤーマフの利用を認めたりする。
3. 児童理解と教員間の協働
- 「つまずき」の丁寧な観察: 学習内容の理解だけでなく、活動への参加の様子、友達との関わり、困っている時のサインなどを日頃から丁寧に観察し、記録する。
- 校内での情報共有: 担任だけでなく、通級指導教室の担当教員、養護教諭、スクールカウンセラーなど、関わる全ての教職員で子供の情報を定期的に共有する場を持つ(短時間でもよい)。連携することで、多角的な視点から子供を理解し、一貫した支援につなげることができます。
- 保護者との連携: 子供の家庭での様子や困りごとを共有し、学校での様子を伝えることで、共に子供の成長をサポートする体制を築く。
4. 子供たちへの働きかけ
- 違いを認め合う雰囲気づくり: 「人には得意なことと苦手なことがある」「困っている時は助け合う」といったことを、日々の対話や道徳の時間などを通して繰り返し伝える。自分や友達の違いを肯定的に捉えられるように促す。
- 「困った」を表現できる関係づくり: 子供が「分からない」「助けてほしい」「しんどい」といったSOSを安心して出せるような、信頼関係を築く。
これらのアイデアは、どれも特別な設備や時間をかけずに、日々の実践の中で少しずつ試せるものばかりです。完璧を目指すのではなく、「目の前にいるこの子にとって、今できることは何か?」という視点から、小さな工夫を積み重ねていくことが大切です。
まとめ:全ての子の学びを支えるために
フィンランドのインクルーシブ教育は、社会全体で子供たちの学びを支え、多様性を尊重するという強い哲学に基づいています。日本の小学校現場で、その全てのシステムをすぐに導入することは難しいかもしれません。しかし、その根底にある「全ての子どもが、その子らしく安心して学び、成長できる場所を保障する」という考え方は、日本の私たちも共有できるものです。
今回ご紹介したような、授業や環境における小さな工夫、教員間の連携、そして子供たちへの温かい働きかけは、インクルーシブ教育を推進するための大きな一歩となります。多忙な日々の中で大変なことも多いかと存じますが、一人で抱え込まず、学校全体、そして保護者や地域の力も借りながら、「どの子も大切」にできる教室づくりを目指していきましょう。
この記事が、先生方の明日からの実践のヒントとなれば幸いです。