クラスの雰囲気が変わる!:フィンランド・シンガポールに学ぶ感情教育と小学校での実践アイデア
子どもたちの「イライラ」「モヤモヤ」にどう向き合う?海外教育からのヒント
小学校の先生方は日々、子どもたちの多様な感情に寄り添いながら授業を進め、クラスを運営されています。「授業に集中できない」「友達とうまく関われない」「すぐにカッとなってしまう」といった姿の背景には、子どもたちが自分の感情を認識し、適切に表現したり調整したりすることの難しさがあるかもしれません。
フィンランドやシンガポールといった教育先進国では、学力だけでなく、子どもたちの「心の教育」つまり感情教育や、ソーシャル・エモーショナル・ラーニング(SEL)(※)を重視しています。これは、子どもたちが自分自身や他者の感情を理解し、健全な人間関係を築き、責任ある意思決定を行うための能力を育む学びです。
(※)SEL:Social Emotional Learning(社会的・情緒的学習)の略。自己認識、自己管理、社会的認識、関係性スキル、責任ある意思決定の5つの核となる能力を育むことを目指す教育的アプローチ。
今回は、フィンランドとシンガポールの事例から、日本の小学校現場で活かせる感情教育のエッセンスと、具体的な実践アイデアをご紹介します。
フィンランドに見る「ウェルビーイング」としての感情教育
フィンランド教育は、「幸福度が高い」ことでも知られる社会全体のウェルビーイング(心身ともに健康で満たされた状態)を重視する文化の中で育まれています。教育においても、学力偏重ではなく、子どもたちの心身の健康と幸福感が学びの基盤となると考えられています。
フィンランドの学校では、意図的に設けられた長い休み時間や、遊びを重視する姿勢を通して、子どもたちが心身をリフレッシュさせ、友達との関わりの中で自然と感情の調整や共感性を学ぶ機会を大切にしています。また、自己調整学習を促す中で、子どもが自分の学習状況だけでなく、その時の感情や体調にも気づき、それに応じて行動を調整する力を育むことも、感情教育の一環と言えるでしょう。
教師は、子ども一人ひとりの感情の揺れに寄り添い、安心できる関係性を築くことを重視します。特別なプログラムというよりは、日々の関わりや学校生活全体を通して、子どもたちの情緒的な安定と成長を支援しているのがフィンランド流と言えます。
シンガポールに見る体系的なSEL教育
一方、シンガポールは、教育省が主導し、SELを国家カリキュラムに体系的に組み込んでいます。教室での直接的な指導だけでなく、学校生活のあらゆる場面でSELの要素を取り入れることを目指しています。
シンガポールのSELプログラムでは、前述の5つの核となる能力(自己認識、自己管理、社会的認識、関係構築スキル、責任ある意思決定)を明確に設定し、それぞれの能力を育むための具体的な活動や指導法が用意されています。例えば、自分の感情を言葉にする練習、衝動を抑える練習、他者の気持ちを推測する練習、協力して課題を解決する練習などです。
研究機関である国立教育学院(NIE)がSELに関する研究を進め、その成果を現場の教師研修や教育実践に反映させていることも特徴です。学力向上と並行して、子どもたちが変化の激しい社会で「しなやかに生き抜く力」として、情緒的・社会的なスキルを重視しています。
日本の小学校現場で活かせる実践アイデア
フィンランドの「日常の中での見守り・寄り添い」と、シンガポールの「体系的なスキル指導」という両極のアプローチから、日本の小学校現場で取り入れられるアイデアを考えてみましょう。
1. 授業の冒頭や合間の「感情チェックイン」
短い時間でも構いません。授業や活動の開始時に、子どもたちに今の気持ちを簡単に表現してもらう時間を作ります。
- 方法例:
- 先生が「今日の気持ちはどうかな?晴れかな?曇りかな?嵐かな?」と尋ね、子どもは挙手やサインで示す。
- 席に置いた小さなボードに、簡単な顔の絵を描く、色のマグネットを置くなど。
- 一人一人に聞くのが難しければ、クラス全体で「今、どんな気持ちが多いかな?」と考えてみる。
- ポイント: 正解・不正解はなく、どんな感情も受け入れる雰囲気を作ることが大切です。子どもが自分の感情に気づく第一歩となります。
2. 絵本や物語を活用した「感情理解」
国語や道徳の時間だけでなく、様々な教科で絵本や物語を読み聞かせたり、読んだりする中で、登場人物の気持ちを想像する問いかけをします。
- 問いかけ例:
- 「この時、〇〇はどんな気持ちだったのかな?」
- 「なぜそう思ったのだろう?」
- 「もしあなたが〇〇だったら、どうする?どんな気持ちになる?」
- 「この後、〇〇の気持ちはどう変わったと思う?」
- ポイント: 子どもたちが自分自身の経験と照らし合わせながら、他者の感情やその背景にある考えを理解する練習になります。共感性を育む上でも有効です。
3. 小さな「クールダウンコーナー」の設置
教室の隅や廊下の一角に、落ち着ける小さなスペースを用意します。感情的になった時や、一人になりたい時に利用できる場所です。
- 工夫例:
- 座り心地の良いクッションやマットを置く。
- 気持ちを落ち着かせるための絵本や、感情を表すカード、小さなぬいぐるみなどを置く。
- 利用する際の簡単なルール(例:10分まで、次に使う人のためにきれいに使うなど)を決めておく。
- ポイント: 「怒ってはいけない」ではなく、「怒りを感じても、落ち着くための場所がある」という安心感を与えます。自分で感情を調整しようとする力を育みます。
4. 協力して取り組む活動の推奨
ペアワークやグループワーク、休み時間の協力遊びなどを積極的に取り入れます。
- 例: パズルを協力して完成させる、グループで一つの絵を描く、簡単な課題に一緒に取り組む、複数人で遊ぶことができる遊びを導入する。
- ポイント: 他者と関わる中で、自分の意見を伝える、相手の意見を聞く、意見がぶつかった時にどうするか、助け合うといった社会性や感情の調整スキルが自然と磨かれます。
感情教育は、特別なことではない
フィンランドやシンガポールの事例から見えてくるのは、感情教育が特別な時間に行うイベントではなく、日々の教育活動の中に溶け込んでいるということです。子どもたちが安心して感情を表現でき、その感情に自分で気づき、折り合いをつけていく力を育むことは、学力向上だけでなく、将来にわたって心豊かに生きていくための大切な基盤となります。
忙しい日々の中で、これらの全てを実践することは難しいかもしれません。しかし、まずは「感情チェックイン」を数分取り入れる、絵本を読む際に登場人物の気持ちについて少しだけ深く話してみる、といった小さな一歩からでも始めることができます。
先生ご自身の心の健康も大切にしながら、子どもたちの感情の世界に寄り添い、共に学びを深めていかれてはいかがでしょうか。クラスの雰囲気が、きっと穏やかで、より主体的な学びの場へと変わっていくはずです。